コンテンツの海を漂うのブログ

コンテンツの感想等を書きなぐるブログです。嗜好が偏り気味です(BL多め)ので注意ください。

ユーリという時代の転換点について〜前編〜

今更ここで紹介するまでもないですが、女性を中心として人気が爆発し、2016年のアニメ業界を制圧したアニメ、それが氷上で生きる男たちの物語、「ユーリ!!! on ICE」ですね。

 

*なぜかイベント申込券付きのamazonしか見つからない。

 

自分もハマりましたよね。だって、面白いもん。もう単純に。

仕事中もユーリのこと考えてしまうという次元混同を引き起こす事態が発生。

 

並々ならむ熱意とこだわりを持った監督とその熱さにちゃんと食いついていく各方面のプロフェッショナル、そして多くのスタッフの力で完成した奇跡の一作ではないでしょうか。

 

演出が上手でテンポ良く進み飽きさせない、音楽も良し、台詞も良し、細かいこだわりも随所に見られる。

 

作り手の作品への愛、そして「フィギュアスケート」という題材に対する愛が強く感じられますね。

 

単なる作り手の自己満足アニメではないし、自分の鬱憤を晴らすために何かを密かに攻撃しているアニメではない(意外と、創作物に後者のカタルシスを持ち込んでいる作品ってとても多い気がしますね)。

 

 

 

主人公の勇利がアニメ中で今季のテーマは「愛」と述べるシーンがありますが、まさにこの作品自体には「愛」を感じました。

 

山本沙代監督は「峰不二子という女」を観たりして、表面上とてもスタイリッシュというか洒落ている映像作りのセンスのある人でもあり、かつその綺麗なパッケージの中にとても人間臭さとか泥々したものを入れ込むのが上手な(勝手な)イメージでしたが、今回もセンスと業の深さを感じましたね・・・。

 

キャラクター原案・アニメのネーム作成の久保ミツロウさんは流石のストーリーテーリングと、リアルで魅力的なキャラクター造形。魅力的な男性を描くイメージはなかったけれど(失礼!)、リアル寄りの絵で絵がれたキャラクターたちは、パッと見で「良い!!」・・・というよりもアニメを見ていくうちにどんどん魅力にハマる。

 

その言動がとても人間らしくて、でも程よくぶっ飛んでる(やはりプロのフィギュアスケート選手なので、癖のある性格だったりする)。

 

 

 

監督のこだわりとして、「男性キャラの色気を出す」というのがあったようで、これが見事に世の乙女たちを興奮させましたね。

 

これまで「綺麗」「セクシー」「色気」「可愛い」と言った形容詞は、クリエイターの男性目線で、大抵女性キャラクターでのみ表現されてきましたが、いやそれって女性の専売特許じゃないだろと、ある意味旧態依然としたアニメ業界へ挑戦した作品でもあると思います。

 

それで、それってまさに世の女性が意識的にか無意識的にか求めていたものであって。

女性クリエイターの不在や、「女性はこう」「男性はこう」といった社会の固定観念などから中々実現してこなかったものだと思うのです。

 

これまでも「女性向け」とされるアニメは多少存在してきましたが、そこで描かれる男性の魅力というのは、色気というよりも王子様然とした綺麗なルックスや、ツンデレ・俺様といった性格・行動で魅せる頼もしさ・優しさといった、いわゆる社会的に定義されている「男らしさ」という部分にフォーカスされていて、生の人間らしい色気みたいなものを描いた作品ってあまりなかったように思います。

 

こういう感じで男性を描いた作品ってあまり、いや、ほぼ、ないですよね・・・教えてくれたらジャン=ポール・エヴァンのチョコを贈りたいくらい教えて欲しい。

*唯一の例外は一部のBL作品。

 

一話の最後でいきなりヴィクトルの全裸、それも完璧に鍛えられたセクシーな身体、がバーンと映って度肝を抜かれた視聴者も多いのではないでしょうか(もちろんちゃんと隠してますけど)。

*どうでもいいですが、全裸芸をする芸人って定期的に現れますよね。

 

また、ヴィクトルやユーリがカツ丼を食べた後に唇が少しテカテカしている部分を出してほしい、と監督が言っていたという話を何かの雑誌で読んだ記憶がありますが、まさにこういった部分ですね。

*会社の報告書と違い、芸術作品は細かいこだわりが大切。

 

こういう、男性の身体的なセクシーさって、アニメに限らず社会的に割と無視されてきましたよね。

それって、そもそも社会で何か決めたり作ったりしている人が圧倒的に男性だったからだと思うんですけれど。

 

で、今回のユーリの大ヒットは女性も男性の身体的なセクシーさに魅力を感じるし、熱狂するんだということを明らかにしちゃったんですよね!!

 

そういうものを示してくれるものがほとんどない故に、一筋の光明みたいにこういう作品が出てくると、そりゃ人気になりますよね。

作品自体がとても良く出てきているというのも、もちろん大きいと思いますが。

 

ユーリは「男性の色気」を見事に描き切ったという点で過去の女性向け作品とは一線を画する、まさに時代の転換点となるような作品だと強く言いたいのです。

 

私たちは、時代の転換点となるアニメが爆誕した歴史的瞬間に立ち会っていたわけです。これこそ、尊い・・・!!」ですよ。

 

 

 

そしてもう一つ、むしろこちらの方が一般的にはフォーカスされていますが、勇利とヴィクトルの関係性、これはBLだとかなんだか置いといて本当に素敵ですよね。

 

私が今まで見た様々な作品の中で、この2人の関係に近いなと思ったのは日本文化遺産の一つ(違うの?)「BANANA FISH」の英二とアッシュですね!!違う部分も多いんですが、結構似てますよね、ほんと。

 

そもそも、ユーリでの2人の描かれ方には、人の関係をラベリングすること自体への疑問を投げかけたいという製作陣の意欲を感じます。

 

長くなってしまいそうなのでこれに関してはまた次の記事で書きたいと思います。

はらだ先生「やたもも」感想〜愛を必死に求める人たち〜

はらだ大先生大好きです。

「やじるし」、「にいちゃん」を読んで、満を辞して(というほどでもない)の「やたもも」です。

 

やたもも (バンブーコミックス Qpaコレクション)

やたもも (バンブーコミックス Qpaコレクション)

 

 

 

結論から言うと、・・・最高でした!!

 

とにかくエロくて・・・、でも話がしっかりしているのと、キャラに魅力があるから、ストーリー自体にグイグイ引き込まれて、悲しくなったり、幸せな気持ちになったりできて、これぞBL・・・もとい漫画として完成されていて稀有な魅力を誇る作品です。

 

この作品の大きな魅力の2つと思う、キャラクターとエロについて語りたいと思います。

 

1 キャラクターについて

まずは主役の2人、攻めの八田ちゃんと受けのもも(百田)。

この2人の名前が、そのまま漫画のタイトルになってますよね。

 

八田ちゃんは長身でガッチリ体型、短髪・茶髪の20代前半?の男性。一見イカつくて怖そうだけど、人が良くて世話焼きで情に厚い。体力も性欲も人並み外れており、セックスの時に手加減できないのが難点。

 

ももは小柄で細身、黒髪の24歳。美人の母親にそっくりで猫っぽい顔、小悪魔(むしろ悪魔か?)のような魅力があります。

母親との軋轢等家庭環境から、小さい頃から身体を売って暮らしてきて、生活能力はゼロ。お金とお酒に滅法弱くパチスロ大好きな「ダメな大人」(byくりちゃん)。

 

このキャラ設定だけ見ても、「あっ、この2人は相性いいな」とわかっちゃうのがすごい。実際お互いが、お互いでないとダメなんだというのがとても説得力あるように描かれています(テンカウント感想でも似たようなこと言ってましたね)。

 

主役はこの2人なのですが、やはりメインはももなんだと思っています。

誰かからの愛情に飢えていたももが愛情を知り少しずつ変わっていく物語。これはももという1人の男性が愛を手に入れる物語なのです。

 

その出自や、彼女の周りの男がももに手を出したこと等でももをなかなか愛せなくなってしまった母親でしたが、ももは母親の愛情が欲しくて母親の彼氏を取ったり指輪をあげてみたり、幼いながらに母親の愛情を得ようとしますが、結局うまくいきません。

 

ももは、側から見れば好きで、楽だから、身体を売って暮らしているダメな大人かと思われそうですが、その生い立ちを考えると、彼にはそれ以外に生きる手段がなかったんですね。

その機会も与えられなかったし、方法も誰も教えてくれなかった。

なんでも「自己責任」で片付ける恵まれた環境で育った人なんかには中々この辺りは理解できないことが多いわけですが。

 

男好きする顔・身体で魅力がある故の悲劇とも言えるかもしれません。

 

3巻で、彼自身おじさんを相手とする性行為は嫌だったし、身体を売って暮らす自分自身も嫌だったことを告白しています。

(ほんと、性別問わず好きで身体を売っている人なんていないよなあ・・・)

 

自分自身が惨めにならないように、何より惨めだと思われないようにいつも笑っているももに、八田ちゃんは「我慢して笑うのやめろよ」と言います。そして、辛いことがあったら1人で抱えて処理するのではなくて、もっと自分を頼ってくれとも。

 

ももは自分が好きになれていないんですね、だから自分を雑に扱うし、周りから雑に扱われていいんだと思っている。そう思っているのはその人の雰囲気として出てくるから、周りも雑に扱っていいんだと思うという悪循環。

 

しかし、過酷な境遇で生きていた故なのか、辛い目に合いつつも誰かを責めたりせずに明るく振る舞うももは、確かにだらしがなくて生活能力・社会適合能力は低いけれど、とても強い人間ですね(八田ちゃんはそんなところを「優しい」と評していましたが)。

 

そんなももの明るさのせいか、ももとその母親を取り巻くストーリーはかなり悲惨なことも多いのですが、話全体としてはあっけらかんとした明るい雰囲気です。

 

八田ちゃんはそんなももを認めて、愛情を持って大切に扱うから、ももは自分のことを大切にできるようになり、そんな自分を好きでいてくれる八田ちゃんにも愛情を与えることができるようになる。

 

自分で自分を好きなるのが一番だと思うのですが、なかなかそれって難しい・・・。そんな時自分を愛してくれる人によって自分に自信を持って相手も愛せるようになるって、そんな相手と巡り会うのってなかなかないけど、そんな相手と出会えることもある。人生ってそんな捨てたもんじゃないよね。

 

ももの強がっているけど、とても愛情に飢えていて、お気楽に見えるけれどとても傷付いていて、そんなキャラクター描写がとても上手です。

 

ももが普段おちゃらけて強がるほど、八田ちゃんの前で本音を吐いて泣くシーンが胸に響きます。

八田ちゃんも、「いい人」キャラですが、独占欲が強くて、ちょっと強引なところがあって、性欲は中々抑えきれない、若く勢いがある感じが人間くさいですよね。

後、かませ犬としての須田もとても良い味出してます。お金持ちで冷たい感じの男ですが、欲張りすぎて自滅する男。彼もももと同じで、自分の気持ちを素直に出すことを恐れていて、ももはおちゃらけることで自分の本心を隠そうとしますが、彼はあえて相手に冷たくすることで本心を隠そうとします。あんな風で愛を求めていることも、ももと同じ。

 

自分は、人間臭くない欠点の見当たらないようなキャラクターにイマイチ惹かれないので、はらだ先生の描くような清濁併せ持つようなキャラクターはとても魅力的に感じます。

 

典型的な少年漫画に出てくるヒロインとか、少女漫画に出てくる男の子にあまり魅力を感じられないのです。それは、理想像でありすぎて「人間らしい」嫌な部分が全く排除されてしまっている事が多いから。

 

フィクションでくらい理想像を追いたいと感じるのか、リアリティーを求めたいのかその感覚の違いなんでしょうか。

 

でも、人間って、フィクションと現実をそんなはっきりと、完全に区分けできるとは思えないんですよね。

相手の嫌な部分も認められないと、恋愛も結婚も上手くいくはずがないと思っているので、人間らしさの欠如した理想像に恋するのは危険だなと(理想像と違う部分を見たら相手を一気に嫌いになったり、相手を憎んだりする人も多いわけで)個人的には思っているのです。

 

2 エロについて

作者のサービス精神全開、持てる画力を全てつぎ込んでセックスシーンを描いてくれたのでしょうか。凄いです。

セックスシーンがとにかく沢山出てくるのですが(2分の1くらいはセックスしているような・・・)、あらゆるシチュエーション、アングル、ズームで飽きさせません。

性欲先行でやっている時と、お互いに愛情を確かめ合うように優しくやっている時とを描写でちゃんと描きわけているのがすごい。ただ行為だけではなくて、その行為時の当事者の気持ちが描写で伝わってくるから、意味のないサービスとしてのシーンだけではなくて、ストーリー上必要性のあるシーンもあって、しらけないんですね。

 

やたちゃんはとにかく絶倫で立派なモノを持っていて、ももは身体が柔らかくて、エロ書く気マンマンの設定がよいですね。

もうこれに関しては実際に読んでくれとしか言えない感じです。

こんな絶倫で立派なモノを持っているやたちゃんなので、相手が男であるももであることで何とか耐えられている(??)というのもこう、妙な説得力があります。

 

こう、BL初心者向きではないですが、そろそろネクストステージへ行きたい(?)という方にはぜひぜひ。素晴らしいです。

ドラクエと日本のガラパゴス的萌え文化について

日本においてはメジャーコンテンツであるドラクエは何故海外では売れないのか(その他のメジャーコンテンツであるFFやゼルダに比較して)?という問題提起をたまに見かけます。

 

国内で300万枚越えという大ヒットと言っていいでしょうドラクエ11ですが、過去を見ると、ドラクエというシリーズは同様に日本における人気RPGであるFFやゼルダ等と比較すると海外では大きくは売れていないようです。

というか、そもそも海外はそこまでターゲットにしていないのではないかとも思ってます。

 

それは何故かって考えると色々な要素があるんでしょうが、個人的に一つの大きな要素だと思うのは、ドラクエ世界の根底に流れる日本に特有の男性向けサービスとしてのメンタリティーです。

 

これが直ちに悪いとも簡単に断じることもできないのですが、やっぱり日本の特殊な一面だなと思う、漫画・アニメ・ゲームにおいて優勢を誇る男性向けサービスとしての「萌え文化的な文脈」が非常にガラパゴス的な文化なのです。だから、その文脈が根底に流れるドラクエはそんなに海外に受けないのではないでしょうか。

*もちろんその他の要素も色々とあって、その中の一要素かとは思いますし、個人的な感想ではありますが。海外在住の友人は確かにそんなようなことを述べていましたが、まあサンプルが少ないので何とも言えません。

 

「萌え文化的な文脈」というのはどのようなものかとという事ですが。

まず、女性キャラの露出&お色気演出。これは特にゲームによく見られるわけですが、戦うのに全く無防備かつ無意味な露出をしているキャラが非常に多いです。かなり際どい事も多くて、これはあまり洋ゲーには見られないですね。

ドラクエでいうと、露出気味のモブのバニーガールや踊り子が所々にいたり、女騎士が何故か地域の寒暖関係なくやたら露出していたり、女性キャラのお色気演出がちらほらと見られますし(マルティナのお色気スキルとか、女性の衣装全般ですね)、ストーリー上も特に必要性のないお色気サービスシーンが出てきたり(まあ、呪われし●●のところとかですね)、後「ぱふぱふ」とか。これらは全く現実的ではないのですが、男性からすると単に露出していたら嬉しいってことですね。もっと露出等の激しいゲームなんて山ほどあるわけですが、全年齢向けの割には露出はあるなという印象です。

 

そしてキャラクター造形。まずゲームのキャラについて、男性は割と様々なパターンのキャラクター造形がなされるわけで、ドラクエ11も年齢層も16歳の主人公から19歳(?)、アラサーくらい、36歳、おじいさん、と幅広く、ドラクエ11は割とイケメン多めですが、一般的に三枚目的なキャラやぽっちゃりキャラも割と多い。それに対して女性は大抵10代〜20代が中心でほぼ可愛いか美人か、で30代以上の女性とか美人ではない女性とかぽっちゃりとかって女性はほとんどでてこない。男性の中では女性っていうのは若くて美人な人のことしか言わないようです。これも、男性からすると単に若くて美人が多ければ嬉しいからな訳でしょうが。

そして、子供と言っていい10歳前後の女の子がよく出てくることも多いです。日本の男性はロリコンが多いので、彼らの需要に対応しているわけですね。

海外なんかだと、男性プレーヤーにはマルティナはまあまあ人気がありそうで逆にベロニカセーニャエマなんかはあまり人気はなさそうです。

また、洋ゲーのリアル感溢れるキャラクターと比較して漫画的な、そして全体的に幼い感じのするキャラクター描写には拒絶反応まで示さなくとも違和感を感じる海外の人は多いでしょう。

日本のゲームだったら、主人公の女性の造形について、「horizon zero」の主人公のような感じには絶対しないよなあと。

*「Horizon Zero」面白かったです。

 

Horizon Zero Dawn 通常版 - PS4

Horizon Zero Dawn 通常版 - PS4

 

 

  そもそも特にゲームなんてほとんど男性が男性に向けて作っているわけなので、日本ではまあそうなるのかなという感じもするんですが。

 

もちろん、こんな性的な部分だけがゲームの魅力なのではなくて、ドラクエ11もゲームとしてそのシステムとか世界観とか色々と総合的なパッケージとして人気なわけですが。

 

コンテンツの製作者は今では女性も増えてきたようですが、ほとんどは男性だったわけで、ゲームに限らずアニメ・漫画を見てもこんな萌え文化的な文脈は日本において強固に根付いているので、この男性向け性的サービスももはや「当たり前」となっているのが日本のコンテンツです。

 

この男性向けの主流の中で細々と流れてきた女性向けの性的サービスがいわゆるBLですよね。

性欲というものについて、女性の(主体的な)性欲というのはほとんど社会において無視されてきたのですが、男性と変わらず女性にも主体的な性欲があるんだという事を明らかにしたのがBLの人気なのではないでしょうか。

*少女漫画は精神的な満足を求めるもので、あまり性的なものは含まないので比べるのは少し違うかなと思います。

 

今回の最新作、ドラクエ11が過去作と少し違うなと思うのは、もちろん基本は男性向けなわけですが、女性プレイヤーの視線も少し意識したなというところですね。時流でしょうか。BL的な演出をしたとかではなく、まあイケメンを増やした程度、といえばそうなのかもしれないですが。

男性に珍しくまあまあの露出をしたり、2回も敵に捕まってみたり、記憶喪失で性格が変わったりするカミュというキャラクターがその象徴的なものですが、その他、サラサラヘアーの中性的な美形である主人公の造形とか、ヒール役として割とぞんざいな扱いであるものの金髪ロングの美形を敵として登場させてみたり。

 

特にゲームにおいて、この程度であっても女性に嬉しい設定がされることは珍しく、過去にはあまりなかったので、基本男性向けの性的サービス満載のドラクエ11でさえも、女性人気がかなり出ているようです。

今まで何も与えられていなかったので、少しだけ与えられるととっても嬉しいという、砂漠でコップ1杯の水をもらったような感じなんだと思います。

 

そのコップ1杯の水に対して散々と文句をつける一部の男性ユーザーは正直これも一種のバックラッシュというか、これまでに作られてきた土壌が強固すぎて中々異質のものとも言える要素を受け止めきれないという感じなのでしょうか。

 

自分は男性向けの演出等は正直嬉しくない上にむしろ気持ち悪いとも思うわけですが、それはそれ、根絶するべきとかまでは思ってないのです。女性向けの演出は嬉しかったりするので、それはお互い様というか、現実世界で誰かに迷惑をかけたり危害を加えたりしなければいいとは思うわけです。

お互いに「理解できない」「気持ち悪い」と思うのはある程度仕方がないと思うわけで、でも、だからといって紛争が勃発する必要は必ずしもなくて、お互いに同調はしないけど否定はしないという態度であれば平和で誰も傷付かず無駄なエネルギーも使わずいいですよねと(この辺が微妙な問題も含んでいますが・・・)。

*性的なことでいえば、性犯罪は圧倒的に男性が女性に対して(男性、特に男の子に対しても)起こすことが多いので、メディアの性的表現についても完全にパレルに考えることはできないとは思うのですが。

 

近年のアニメ業界などに見られるように、一種の住み分け、つまり完全に女性向けに振り切ったものと男性向けのものとどちらかに寄ったりしつつも双方をターゲットにしたもの、という感じで色々と作られたら、バリエーションも増えて業界全体としても活性化されるのではと思います。

 

その為にはやはり作り手の多様性が増えないと、やはり同じようなゲームばかりが作られてしまうのではないでしょうかね。性別年齢人種等様々な人たちが多様で面白いゲームを作るようになればいいですね。

ドラゴンクエスト11感想(ネタバレ注意)〜DQ11によって過ぎ去りし日常生活に戻りたいけど中々終わらない〜

1 ドラクエ11楽しいです。

RPG全盛期のSFC〜PS時代はどちらかというとFF派だった自分ですが、ドラクエ11を始めたらハマってしまいました。

 

巷でも結構人気みたいです。様々な面でバランスが取れており良ゲーですよね。

 

 

 

 

ゲームシステムが簡単すぎず、複雑すぎない。

難易度も簡単すぎず、難しすぎない(個人的には、ちょっと簡単すぎかなと・・・古参のRPGプレーヤーもそう感じるかもですね。その分しばりプレイがあるのでしょうが)。

 

本クリアまでのボリュームもかなりあり(なかなか終わらない・・・)、クエスト、おなじみのカジノ等の本シナリオ周辺の要素も充実してます。

よく作り込んであるなと、結構気合入れて作ったな!!って感じです。

スマホゲー・アクション系の洋ゲー全盛期の今、こんなゲームをプレイできることに感謝です。

 

基本ドラクエって男性向けではあるのですが、11についてはRPG好きであれば、女性がやってもそれなりに面白いかと。主人公含め結構キャラにイケメンも多いです。

美人とかは沢山いるのはもう当たり前なんですが・・・過去最高のイケメン率ではないでしょうか。

 

ゲーム業界の方で女性ゲーマーのことも意識し始めたのかなという感じもしますね。制作側に女性が増えた(?)からか。全然昔に比べたら、女性フレンドリーだしキャラクター観もこう・・・そんな古臭くないというか。

 

ベロニカが子供の姿だったり、幼馴染のエマさんのキャラ造形とか、マルティナさんのセクシーサービスとか、分かりやすい男性サービスが断然多いわけですが。

自分は武闘派なマルティナさんが好きです。エマさんと結婚できるらしいですが、マルティナと結婚したかった。

 

キャラ萌え要素が過去作中最大規模なのではないでしょうか。元のドラクエの良さも十分盛り込みつつプラスアルファ要素ということでいいと思います。

 

そっちの界隈で、ほどほどの盛り上がりも見せているようで、いわゆるカミュカミュ、グレホメあたりがこう、盛り上がっている様子です。

 

ピクシブトロール*1をすると、マルさんを中心とした女性陣が胸出してるようなあからさまな男性向けイラストと、カミュ、主人公、グレイグ、ホメロス辺りのBLイラストが混在しているというカオスになっております。

 

個人的にヒットしたのは、デルカダールの将軍2人・・・と言うより、ヤンデレホメロスさん。

主人公と相棒も可愛いんですけど、将軍2人の拗らせた重い愛憎渦巻く感じがもうたまらないです。

 

 

・幼馴染で親友で戦友

・色違いの鎧(白と黒)でお揃いのネックレス

・同い歳のおじさん(独身36歳)

脳筋のガチムチ(タレ目)と頭脳派*2の美形(ツリ目)

・無神経で不器用なおじさんと神経質で拗らせてるおじさん

ヤンデレで寝取られ(ウルホメ*3)で闇堕ちで魔物化

 

 

色んな要素ぶっこみ過ぎてツラい。36歳という設定もむしろ美味しい。

 

ホメロスさんの重い友情(愛情)が辛い。

この人絶対、好きな相手に大嫌いだと言うタイプか。

 

結局2人はお互い他方に憧れてその背を追いかけながらも、そんな気持ちを直接口に出すことはなく、最後まで取っ組み合いの喧嘩をし続けていたわけで。なんて不器用な36歳たちなんだ。

 

2 ホメロスは何故救われなかったのか。

ホメロスは作中、相当嫌な奴・冷酷な奴、みたいに描かれていますが(制作側はホメロス嫌いだろ)、王様が乗っ取られてから、ウルさんに懐柔され段々と変わってしまったということなんでしょうか。

 

元々はグレイグとニコイチで国民的人気のある将軍だったようで、モブ兵士や国民からはホメロスを慕う声がちらほらと聞かれます。少年時代の出てくる回想シーンでも多少ツンとはしてますが、悪人という風ではない。

 

グレイグはその辺の変化に気付かなかったのかとか、そもそも王が乗っ取られたことに16年もの間気付かなかったのか、とかストーリーとして色々とおかしな所はあるわけですが。

 

実際、こんな感じの頭が良くて反面他人にやたら厳しくて、神経質で、優秀なのに自信がないからその反動で攻撃的だけど、根は優しい部分もあるって人、自分の周りにはちょこちょこいます。

まあ、大抵とても面倒臭い奴なのですが・・・。

 

モヤっとするのが、(一部の人から)ちょこちょこ聞かれる声ですがホメロスさんだけ何で救われないのかということ。

 

「あれだけやったんだから当然だろ」と反論されるだろうわけですが、当然だと思わせるような嫌な人物描写をされたのが何でかって思うわけです。

悪役としてのカッコ良さもあまり描かれていないし、ただ自分の劣等感に付け込まれて利用されて、散々悪行してその結果主人公たちに倒された奴、で終わってるんですよね。

 

登場人物紹介としては、グレイグと双頭の鷲で優秀な軍師とされているけど、そんな所も全然出てこないしあれっとなってしまうわけですね。

OPムービーの綺麗なホメロスさんがピークという。

 

このドラクエ11では、魔物は、まあ魔物なので・・・絶対悪のような存在で描かれ、そこに疑問を挟む余地はあまり出てこないのですが、人間については、「根っからの悪人」として描かれる人物はほとんど・・・というか全くに近く出てこず、それ故、一時的に敵対しても大抵は反省からの許しというルートを辿ります。

「許す」ということはドラクエ11の1つのテーマになっているようで、主人公の育ての母ペルラや育ての祖父テオから度々語られます。

 

それだからこそ、ホメロスが、その言動も徹底的に悪人然として描かれ、「救済の余地がなくても仕方ない」ことに説得力のある人物とされていることに違和感を覚えるわけです。

 

人間の「悪」の面を一身に背負わせたキャラになっている。

「他人を許す」というテーマの中で、突然「因果応報」テーマをぶち込んできたという違和感。

 

メタ的な話ですが、「あそこまでやったら救われないだろう」と、プレーヤー達に思わせられる人物として描いて、実際結構悲惨な最期を遂げさせている。

利用されたとはいえ、自分の行為に対する何らかの責任は取るべきというのは自分もそう思うんですが、じゃあ他のハンフリーとかマヤとか・・・許すとか色々言ってたのは何だったんだと思うわけです。

 

ここだけ、「対人間」で、従来のコンテンツの多数を占める、「悪役をやっつけたぜ!!スッキリ!!」という単純な構成になっているんですよね。しかもイケメンで嫌な奴ならもう完璧、という具合で。

 

本当の制作側の意図なんて分からないですが、いかにも男の嫌いな嫌われ美形悪役キャラとして描いて、それだけじゃあれなので、他の悪行した人間と同じく、その悪行の理由は一応説明しようってことで、グレイグとの因縁も付け加えてみましたよ〜〜という感じもします。

 

そのグレイグとの因縁についても割とあっさり書かれているせいで、30年来の大親友だとか「俺の光だ」とかいう言葉があまり説得力を持ってこないんですよね・・・。

 

グレイグとしては、男同士でお互いを認めたり褒めたりなんかしない!!男は拳で語るものだ、って感じだったんでしょうかね。

あるいは長年近くにいて、言わなくても伝わっているはずだという夫婦とかにありがちな甘えもあったんでしょうが。

グレイグって昭和の男って感じですからね。

 

そういった不遇さも合わせて自分みたいな一部の人たちからは人気が出ているのは面白いですけど、ホメロスさんに関しては何となく後味悪くモヤっとするストーリーでした。

 

ホメロスの自分に自信を持てない所やそれと表裏一体としてのグレイグに対する劣等感、嫉妬というのはとても人間くさい感情であり、多くの人間の持つ弱さだなあと思います。

あそこまで拗らせなくても、似たような感情に振り回された経験を持つ人は多いのではないでしょうかね。

 

むしろ、人間は条件が揃えば、弱い心故に冷酷なことを平気でする生き物なので、ホメロスが一番人間らしいなという気もします。

現実世界や過去の歴史を見ると、ホメロスより冷酷で残酷な人間なんてほんと沢山いますからね(まあ、全年齢向けゲームなんで・・・)。

 

しかし、あの拗らせ具合は普通じゃないですね。

グレイグに対する執着が凄い。

30年以上近くずっと近くにいた大親友だからこその劣等感、なのでしょうが、それにしてもね・・・恋愛の本質は執着とか依存だと思うので、やはり意識的にしろ無意識的にしろ片思いし続けてきたのでしょうか。

恋愛を超えて愛情とか友情に昇華できるほど、自分に自信も持てなかったし、大人にもなれなかったんでしょうね・・・。

 

*1:ピクシブを巡回して今おたく界隈で何が人気なのかその動向をリサーチする行為。イラスト・漫画は男性向け、小説は女性向けが多いのは何故なのか。

*2:本編では知将と言われながらもそれを証明するような描写はあまり、ほとんど、なかったわけですが、闇落ちして知能も低下したのかもしれませんね・・・。

*3:肉体的でも精神的でも。

Looking Season2 ep7「Looking for a Plot(約束の地を求めて)」徒然感想〜変わらない故郷と変わっていく人たち〜

 

 さて今回はドムと、ドリスが結構出てきますね。

ドリスの父の突然の訃報に、ドムとドリスは彼らの故郷であるモデストへ帰郷する。

モデストの街を見たドムの「昔と同じ街並みだが小さく感じる」台詞があるんですが、皆感じることでしょうね・・・。

 

 

そして何故かついてくるパトリック。

 

 

ドリスと両親との関係が語られたり、ドリスとドムの恋人時代の話も断片的に語られる。この2人・・・色々とすったもんだあったんだろうけど・・・こんな盟友みたいになっているのは、ひとえにドリスの懐の広さゆえなのだろうなあ。

 

 

ドリスが恋人時代にドムとセックスしていて父親に見つかったとき、BGMにワム!が流れていたという話で、ドリスが「ジョージ・マイケルを思い浮かべてセックスしていた」と白状し、ドムが「俺もだ」と返すやりとり、最高ですね。

ドリスの台詞が全体的にCool過ぎます。

 

 

パトリックは相変わらずちょっとずれていて、突然ドリスに肩を揉もうかと言いだしたり(彼なりに気を遣っているんだろうね)、見ず知らずの人のお葬式で大泣きして周りをざわつかせたり。なんかもう可愛すぎるよ、君。

しかも、自動車の運転をミスって事故るという、ドジっ子ぶり。

 

 

事故の一報を聞いて病院へ駆けつける、マリク。マリクの存在によって、ドリスはドムから解放されるのかもしれませんね(冒頭の会話のシーンでドリスが「この5日間で17回イカせてくれた」と言ってますが・・・マリクのアニキ、さすがです)。それが彼女にとって望ましいとは思いつつ、やはり寂しさも感じるドム。

Ep6からの流れですね。親離れならぬゲイ友離れですね。

 

 

怪我してしょんぼり・・・なパトリックが自宅へ戻ると、自宅前に待ち構えていたのは優柔不断男のケヴィン。

満身創痍のパトリックを心配しつつ、ジョンと別れてきた、パトリックと付き合いたいと言う。

彼の胸に飛び込むパトリック。

 

 

・・・いや〜メデタシメデタシ・・・??

 

 

なんか、わかるよ、ほっとけないんだよね。パトリックは。ちょっと抜けててドジっ子で、何をやらかすかわからなくて、実際に事故って怪我して帰ってくるし。

 

 

パトリックがついに高スペックの男を手に入れて安定した付き合いを続けられるのだろうか・・・??

Looking Season2 ep6「Looking for Gordon Freeman(ゴードン・フリーマンを探して)」 徒然感想〜迷走するパトリックを見て我が身を振り返れ〜

 突然Season2のEp6の感想からってなんだそりゃ、って感じなのですが、リアタイで観ている関係です(開き直り)。完全自己満、米ドラマ「Looking」の感想です。サンフランシスコに住むゲイの日常系ドラマです。

 

 

 *このBlu-ray欲しい。

 

 今回は、ゲイ界のBoyNextDoorことパトリックくんが、愉快なゲイを目指し(ナニそれ??)ハロウィンパーティーを開催するが、色々と上手くいかない話。

 

 パトリックの自業自得な部分もあるものの・・・中々見てると切ないです。空と君の間に冷たい雨が降る、「家なき子」並に切なくなってきます。駄目な時って何やっても駄目だったりする、そう、あの感じ。

 

 パーティーコーディネートのセンスが、そもそもお洒落的センスが、壊滅的になかったようで空回り。マニアック過ぎて誰も自分の仮装が誰なのか気付いてくれない・・・(パトリックくんの仮装は「ゴードン・フリーマン」・・・「ハーフライフ」というゲームの主人公らしい。知らんがな)。

 

 パーティーに来た元彼リッチーとその新恋人が気になるあまり(また、そもそもそんな好みではなかったのか)、自分にアプローチして来た男性(「ロード・オブ・ザ・リング」 レゴラス仮装の人なので、以下「レゴラス」とする。)には平気でそっけない態度を取るパトリック。

 

 そのくせ、イチャイチャするリッチー&新恋人や周りのカップルを見て孤独感を募らせ、突然レゴラスにキスしようとして、「俺は余り物かよ!!」みたいにキレられる。

 

 そりゃね、あんた、沈着冷静な弓の名手レゴラス(違う)もキレるわって感じではあるんですが。

 

 

 

 いやいや・・・ほんと似たようなこと、やってしまう人は結構いるのではないでしょうか。

 

 パトリックは、ゲイの世界でも、モテない訳ではないと思われるんですよね。優しいラテン系リッチーにもアプローチされて付き合い始めてるし、セクハライングリッシュ上司ケヴィンも恋人がいながらパトリックに惹かれてしまい、パーティーでもレゴラスに気に入られている。

 

 でも、恋愛が長続きせず、どうも上手くいかない。

 

 見た目はいいけど、悪い人間はないんだけど、ちょっと自己中心的なんですかね・・・。それで神経質かつ色々とコンプレックスもありそうで。恋愛が長続きしないコンプレックスとか、あまり器用でない自分へのコンプレックスとか、ボトムに対する嫌悪感?とか。それで大抵自分のことしか見えていなくて、他人のことはあんまり見えていない。他人の目は結構気にしてるけどね。

 

 素直でちょっと天然で可愛いんですけどね。

 

 こういう人沢山いますよね。いや、ほんと自分含め・・・。悪意なく他人を傷付けて、傷付けたことに気が付かないタイプ。

 

 遂には酔った勢いでおかしなスピーチを始めて、観衆の中にいたケヴィンと彼氏ジョンの前でケヴィンと自分の関係(職場でハッスル(古い?)してたこと)をばらしそうになって、慌てたアグスティンやドムに止められる。

 

 

 

 なんかもう・・・この恥ずかしい感じがリアルで、笑えないというか・・・。ある程度不器用な人間であれば皆パトリックに自分を重ねて、苦虫噛み潰したような半笑い顔になってしまうのでは。

 

 一番かわいそうなのはレゴラスじゃないかって説もありますけど。

 

 ていうか、パトリック、レゴラスに対して「ゼルダの伝説のリンク?」ってあんた(その前のエディーとアグスティンのやり取り聞いてないんかい)、本当にゲーオタなんですね・・・。

これは若い友情か同性愛か…? ゲーム「Life is Strange」

**注意**

 ゲーム「Life is Strange」のネタバレを盛大に含むため、ご注意ください!!

 

 元々重度ゲーマーだったのですが、社会との折り合いという大人の事情により、可処分時間が減少したため、あまりゲームをできていませんでしたが…。

 

 久々に、ゲームを途中に挫折せずに全クリしました。多少の不満はあるものの(後述)非常に面白く引き込まれるゲームでした。
 その名も「Life is Strange」。洋ゲーですね。日本の版元はスクエニです。

 

 

 

 

以下、Wikipediaより引用。

アメリカ・オレゴン州の架空の田舎街「アルカディア・ベイ」を舞台に、時間を巻き戻せる能力が発現した女子学生・マックスの青春を描く。
時間を巻き戻して過去をやり直すことで、短期的にはより良い未来になったように思えても、長期的には「予期不可能な大変化」が生じる場合もある、というカオス理論の一つ『バタフライ効果』("一匹の蝶の羽ばたきが将来、遠くで竜巻を引き起こすか?")をテーマとしている。

 

 というように、突然時間を巻き戻す能力を持った主人公、女子高校生のマックスを動かして話を進めていくアクションアドベンチャーバタフライ効果というと、まさにそれをテーマにしたバタフライ・エフェクトという映画がありましたね。ドニー・ダーコも似たような題材を扱っていた気がしますが記憶がうろ覚えです。

 

 アクションはわずかに要素があるのみで、メインは謎解き、上手くマックスの言動を選択して、失敗したら巻き戻してまたやり直して…ってな感じです。
 ゲームの演出とか、アメリカのハイスクールが舞台となっているところとか、海外ドラマを見ているような感覚です。で、先が気になりまくって、どんどん進めてしまって廃人となってしまうというゲームです(注:私の場合)。ボリュームはそんなにないので、しっかりやっても15時間〜くらいで終わるでしょうか?

 

 で、ストーリーは青春+サスペンス・ミステリーですね。ストーリーのメインテーマは主人公マックスと親友クロエの友情。基本的にマックスがクロエを救うために手に入れた能力を使ってああだこうだ頑張るのが本筋です。
 でも、個人的になんでマックスがそこまでクロエに入れ込むのか、今一分かりませんでした。謎です。やや内弁慶というか引っ込み思案なマックスが奔放なクロエに自分にないものを見て惹かれるのは分かるのですが。このクロエ、やや自己中心で未熟なところがあります。
 

 父を事故で亡くし、グレるのは仕方ないかもしれませんが、自分が不幸なのは周りのせいだというスタンスで周りを振り回します。

 

 一見強そうに見えるクロエですが、その実かなり繊細で脆い心を抱えているのです。対照的に、一見大人しそうに見えるマックスは(主人公補正もありますが)、強い心の持ち主でその強さではなく優しさ(や手に入れた能力)でクロエを始めとする人々を救います。

 

 このゲームの面白いのは、誰もが救われるようなハッピーエンドがなく、何かを救えば何かを犠牲にするような仕組みになっているところです。とても、リアルというか。

 でも人生って、そういうものかも。何かを得るためには何かを犠牲にしなければならないことが多い。
 

 そして、自分の選択で自分の人生が、そして周りの人間の人生が変わってしまう。このゲームでは、マックスの能力によって、自身のちょっとした選択が世界を大きく変えることがわかるようになっています。
 

 私たちはマックスのような能力を持っていないので、自分の選択で世界がどう変わるかは究極的には全て結果論になってしまうのですが、私たち1人1人の選択が私たちの人生や周りの人間、そして世界を変える、それは現実でも全く同じことなのです。
 私たち1人1人の選択が私たちの世界を構築している。
 正に「Life is Strange」ですね。

 

 最後に、マックス、つまりプレイヤーは街(そして街の人々)かクロエ1人を救うかの選択を迫られることになります。
 私がプレイした時点では見事に世界のプレイヤーの選択はほぼ2分していました。街を救う方がやや多かったかな。
 最後の選択でクロエが親友という立場であることが、上手いなあと。これが家族とか恋人だったら、ここまでプレイヤーの選択は2分しなかったでしょう。

 

 そんで、私は街を救いました。
 だって、前述のように今一マックスのクロエへの入れ込みに感情移入できなかったから。正直、マックスのクロエへの入れ込みはちょっと普通ではなくて、本当に大切な親友なんだと言われたらそうなんですかと言わざるを得ないのですが。

 

 自分は友人にここまで入れ込んだ経験がないし、ゲーム中クロエにキスするなんて選択肢も出てきて、ちょっと同性愛に近いような親密さも感じさせていたので、いや同性愛感情は抱いたことないから分からないや……と。それに元々の世界というか運命としてはクロエは助からない運命だった。その通りに戻しただけといえば、悲しいですがそれだけなのです。
  
 それより、マックスへ一途な想いを寄せる童貞っぽいオタク男子ウォーレンとのフラグをもっと回収してよ!! と思っていました。映画に行くシーンないんかい?? と。完全に個人的好みです。
 製作者は男性のようですが、女性の友情を変に美化してそれに萌えてるんじゃないの? 百合萌えじゃないの? とか完全に穿った考えもしてましたからね。ひねくれた人間です。

 

 異常者ジェファーソンは女性の無垢さを至上として、薬を盛って意識朦朧の女子の写真を撮り(特に脱がせたりはしていないし、それ以外の暴行は加えていない様子)満足していましたが、女性に対して無垢さを求めて人間臭さを排除しているのはなんか製作者のマックスへ対する、及びマックスとクロエの関係に対する視線と少し被りました。
 

 人間臭さの0な聖母のような理想の(都合のいい)女性をつい描いてしまうのは男性クリエイターのやりがちなことなので。逆もまた然りかもしれませんが。

 

*このゲームは音楽がとても良いです。映画もゲームもアニメも、音楽はマジ重要ですね。

*最後にキャラクターについて一言。

マックス
 写真のセンスがあるものの内向的で、でも自撮りが好きという自意識を拗らせた18歳。

 

クロエ
 父親の死亡事故などでグレた19歳。青い髪とパンクファッション、言葉も荒めでカッコ良いのだが肝心なところでは大抵日和ることが年相応な感じである。

 

レイチェル
 人気者の美人らしいが、彼女に関しては風呂敷を広げておいて結局回収されなかった。運が悪かった、それ以外に何と言えばいいのか。レイチェルとは何だったのか。

 

ネイサン
 絵に描いたような金髪性格極悪金持ちイケメン二世である。精神不安定で未熟な19歳。とんだかませ犬である。ネイサンとは何だったのか。

 

ヴィクトリア
 絵に描いたような金髪意地悪金持ち美人である。18歳。アメリカのティーンドラマには92%位の確率でこういうキャラが出てくる。しかしショートは珍しい。根はいい奴であるようだが、彼女の悪質な意地悪は正当化してはいけない。

 

ケイト
 18歳。髪型のせいで何だか老けて見える。

 

ウォーレン
 マックスに恋する童貞(推定)男子。絵に描いたようなサブカルオタクで理系。成績は優秀。マックス大好きオーラを隠すことができない16歳。可愛い。

 

ジェファソン
 イケメンカメラマン。変態である。

 

デイビット
 髭が濃い警備員。仕事熱心。ジェファソンとはとても相性が悪そうである。

 

フランク
 フランクとは何だったのか。チンピラだけど犬は大切にするというテンプレ。というかこいつが薬売らなかったらレイチェルは助かって……